にこ乳がん記録帖

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年末です。来年は?

ドセタキセル 3回目(ケモ7回目)の7日目

免疫は確実に落ちてます。
動くこと自体、面倒です(これは副作用なのか、単なる性格なのか)
味覚障害もでてて、味がよくわからない。
でも、それなりに食べてます。(味の濃いものを欲します)
足のかゆみが出てきてるし、無意識に掻きむしったあとが、かさぶた状態になっていて、結構痛々しい。
口角炎もでてきてます。

ただ、吐き気もでないし、痛みもでない。
浮腫も?自分ではわかりません。

回数を重ねるにつれて、症状が重くなりますよ。
と言われていたけど、
私にとっては、1回目のドセタキセルが一番きつかったです。(吐き気もあったし、免疫低下の症状もきつかった)
2回目より3回目の方が、いまのところ楽です。

FECよりも、気分としては、楽です。

これからのことはわからないですけどね。
今のところそんな感じです。

さて、今日は12月30日。
暮れです。
本当に今年はびっくりびっくりの年でした。
昨年の年末は、家族でスキーに草津に行って、
スキーがんばるんだーとのんきなことを考えてました。

思えば、3月のシーズン最後のスキーの初日!
夫が、滑走中にスキーヤーにぶつかられて鎖骨を骨折したことから、我が家の空気が変わってきました。

5月の連休に元気だった、夫の父が、5月の末に甲状腺癌の末期癌(未分化癌)で、
いきなり余命2週間から4ヶ月と宣告されました。
食事もお酒も外出も問題なく一人でできていた父が夏を越せない。という衝撃が走り、

衝撃の中での私の乳癌宣告。

自分の乳癌もびっくりしましたが、
義理父の余命を考えると、なんで今、この時期に私が乳癌なの?
と、病院のロビーで悩みました。

もうそれからは、とにかく示された道をとにかく進むことしかやりませんでした。
義理父は宣告通り、7月に他界。
北陸地方での葬儀だったので、飛行機で行ったり来たりしながら、
東京で検査受けたりしてたっけ。


8月からの抗がん剤。
副作用におびえながらも、いろいろな人たちに励まされ、アドバイスをいただきながら
ようやくこの12月に7回を終えました。
あと、1回。
来年の2月に手術の予定です。

来年は・・・

どんな年になるのか。
というより、、、、

どんな年にしようかと考えてます。

残り、1回の抗がん剤、手術、その後のホルモン治療(もしかしたら、放射線治療もあるかもしれないし)
再建も考えなくてはいけません。

それは、もうレールがあるので、そのまま乗るしかないのですが。。

でもね。
私自身の考え方、えらそーに言えば、生き方を考えるチャンスになるかと思ってるんです。

元の生活にもどすっていうのもいいのかもしれませんけどね。
でも、私としては、それはどうかなと思っています。

癌になったこと。

これは、何かのメッセージがあるんじゃないかと思っています。
それがなんだったのか?
癌になってから、よく考えてるんですけど。
まだわからないんですよねえ。

来年は、このメッセージを解き明かす。
これが、来年の抱負です。

来年の今頃、何をしているのか。
ちょっと楽しみになりました。

お世話になった方々、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

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