にこ乳がん記録帖

まわりへの報告

もし、癌と言われたら。私は周りに隠すことなく、報告しようと思っていました。
悪いことをした訳ではないし、何よりあっちに言ってこっちに言わないとやっていると私の小さい脳みそでは訳がわからなくなってしまうと思ったので。
めったに会わない人にわざわざ報告することはないにしても、頻繁に会う機会があるひと。
隠すことで、かえって悪影響がでる可能性があるひとには、早いうちに報告しようと思っていました。

告知は、すべての検査が終わってその結果を見て告知が行われると思っていました。
健康診断が6/6
初診が6/20
その後、マンモとエコー(乳とリンパの2回)検査
その結果が7/4

これで、方向性が見えるから、先の検査をしましょう。と初診の医師から伝えられていました。

すべての検査結果がでるのが、7/18
この日に癌であると告知されると思っていました。
しかし、実際は7/4の時点で
「まず、癌と思って結構です。」と若くて美人の女医さんにかる〜く告知され、私の癌患者が確定しました。

予定より早い告知に、うろたえながら、診察室からでて、
最初に行ったことは夫へ癌と宣告されたことをメールで報告しました。
その後は、職場への連絡でした。
私の職場は少人数の職場でそのなかで休みを取り合いながら有給を消化しています。
大人数ならともかく、少人数の職場では、一人欠けるということは、休みがとれなくなることを意味します。
検診センターで、指摘された直後に、もし癌であることがわかったら、退職する。だから、すぐに次の人を捜してほしいと頼んでいました。とにかく、迷惑をかけないように。1日でも早く次の人がみつかるように。という思いで、お願いしていました。

あとは、心配してくれていた友人達に報告。
皆、ショックを受けていたようですが。色々手伝うからがんばってと声をかけてくれました。
そして、夫の親戚には、告知された次の日に夫の兄弟が集まる機会があったので、その時に報告してもらいました。

問題は私の親戚。
私の親戚には癌の患者がでたことがありません。
よって、癌の免疫が無いに等しい。
どれだけのショックを受けるか。これが一番の心配でした。
夫からは、早めに報告するように言われましたが、なかなか時期があわなくて。
やっと報告できたのは告知から一週間がたっていました。
皆びっくりしたものの思いのほか、混乱はありませんでした。
これが一番やっかいだと思っていただけに、ほっとしました。

告知が7月4日と予定より早かったこと。
一度はうろたえましたが、早かったことで後々の処理の時間ができたことは幸運でした。
(そうは言っても、あの笑顔の告知はやめてもらいたかったと思います)
7月18日に出ていたら。
その後の後始末は大変なことになったと思います。
やることは山ほどありましたので。
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