にこ乳がん記録帖

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大掃除

ケモ4日前

何事もスタートが遅い我が家ですが。
今日ほど自分たちの遅さを感じたことはありません。

今、我が家は家族3人で寝ているのですが。
息子が小学校4年生にまでなると。かなり狭い。
しかも息子がぐるぐると布団の上を回転するので、夜中にかならずぶつかります。
毎日のことなので、慣れてはいるのですが。

これではいけない!と突然夫が叫びだし。
ケモの最中は、別の部屋で寝た方がいい!と言うのです。
えー。もう時間ないし。大変だからいいよー。どうにかなるよー。
と、断ったのですが。

夫は。

「具合が悪いのに加えて、夜周りがごそごそやったら、ますます機嫌が悪くなって、俺にとばっちりがくる!これ以上いやだ!俺がかわいそうすぎる!」
と叫ぶのです。
あー。そうですか。

じゃあ、やりますか、家の改造。

でもね。我が家の物の量はすごいんです。
夫が物を捨てられない性格で。
で、ついでに私が掃除がへたくそで。
だからいつも物がたくさん。片付かない。

でも、小学4年生の息子は、一人で寝たいと時々訴えてくるし。
そろそろ自分の部屋を持ってもいいころだし。私がケモで使ったあとは、息子の部屋にすればいい。
そのための片付けと思えば。いいか。
これを機会にやらないと、ずっとできないし。。。。

しかし、なかなか始まらない我が家の掃除。
私も仕事も辞めたし、習い事も休んでいるだからいろいろ出来るだろうと思うのですが。
夏休みで息子がいるので、落ち着かず(完全なる言い訳です!)
なかなか。進まない。
そういっているうちに、1週間を切って。

でも、ケモ前の4日間は、夫も夏休みに入っていて、暇なはず。
この時間を掃除に使えば大丈夫と思っていたら。


夫が、「実家(夫の)に行こうよ!」と言い出しました。
夫の実家は北陸です。
泊まりがけでなくてはいけません。
いつもはお盆の時期に実家に帰っているのですが、今年は私のケモが8月からということがわかった時点で、7月にご挨拶に行ってきていました。だから、お盆の帰省はもう終わったと思っていたのですが。

「だって、ちょうどケモが思ったより遅くなったし。盆だし。いこうよ。なんなら、僕とゆーた(息子)だけで行ってもいいけど。留守番してる?」
留守番していれば家は片付くけれど。身体も疲れないけれど、
一人で3日間、家にいる。しかもケモは直前。
完全にうつになります。私だって。それは嫌!
はいはい、家が汚い方をとります!

ということで、また我が家の掃除の時間は短縮されました。

夫曰く、ケモが始まっても、夫はまだ夏休みで暇。
息子は、親戚の家に遊びに行っているから、じゃまも入らない。
よって、私が寝込んでいても、夫は掃除できるから、というのです。

でも、ただの掃除ではありません。
あの、ものの多い部屋に新たにベッドをいれようとしているのです。
机だって、タンスだって動かすし。
何より、夫の大嫌いな「もの捨て」が一人ではかどる訳がない。

明日から、夫の実家。
帰宅はケモの前の日。
今日しか 掃除の日はありません。

せっせ、せっせとがんばりました。
その合間に息子の宿題もチェックし、叱咤激励し。。。

どうにか、机とタンスを動かして。
でも捨てるゴミが部屋の大部分を占めてしまっているので、ベッドのスペースはとれませんでした。
ゴミさえすてれば、ベッドのスペースはとれます。とれるはずです。きっと。
あとは、一人でがんばれるそうです。

明日から、夫の実家へ。
本当なら、心穏やかに、ケモを迎えるつもりだったのに。

とにかく、体調だけはくずさないように、忙しくしないように。
行ってきます。

でも、身体は大変なのでしょうが。
心はかなり楽です。
掃除をしながら、「なんで、私はこんなに急いで掃除してるんだろう?」
「あー。あたし、癌だった。ケモが始まるから急いでたんだ」
と、自問自答している私がいました。

きっと旅行していてもそうなるのでしょう。
ありがたいことなのかもしれません。


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退職

癌が発覚するまえはとにかくハードな毎日で。
息子の手が少しはなれてきたとみるや、仕事を始め。でも仕事は週3午前中のパート。
それを元手に、水泳、韓国語、チェロを開始しました。
どれもこれも楽しく、ヘタながらも上達が見えてきて、あー楽しいと思った矢先の乳がん発覚!

まずは、後釜を見つけてもらわなくちゃと思って、仕事場に連絡しました。
「退職するので次ぎの方を至急募集してください。」
少人数の店舗だったので、一人減っても大変です。他店から応援を頼むにしても他店も余裕がないのですから。
早く次ぎの人を見つけて、楽にお休みが取れるようにしてほしい一心でした。

ところが、職場の反応は
「募集はしません。ただし、にこさんのみ募集しますから。。。帰ってこられそうな時は言ってください。」

えー。それじゃあ大変じゃない!みんなお休みとりにくくなるじゃない!そんなのだめだよ!
と騒ぎましたが、人事は動かず。
すごくありがたい処遇だってことはわかりますけど。私もいつ戻れるかわからないんですよー。
だから、退職するんですよー。
と何度も叫んだけど、無視!!!(笑)
「とにかく早く帰ってきて。」と笑顔で送りだしてもらえました。
ちょっと、複雑ではあるけれど、皆さんの愛情は一杯にいただけました。
一番のお見舞いです。

まわりへの報告

もし、癌と言われたら。私は周りに隠すことなく、報告しようと思っていました。
悪いことをした訳ではないし、何よりあっちに言ってこっちに言わないとやっていると私の小さい脳みそでは訳がわからなくなってしまうと思ったので。
めったに会わない人にわざわざ報告することはないにしても、頻繁に会う機会があるひと。
隠すことで、かえって悪影響がでる可能性があるひとには、早いうちに報告しようと思っていました。

告知は、すべての検査が終わってその結果を見て告知が行われると思っていました。
健康診断が6/6
初診が6/20
その後、マンモとエコー(乳とリンパの2回)検査
その結果が7/4

これで、方向性が見えるから、先の検査をしましょう。と初診の医師から伝えられていました。

すべての検査結果がでるのが、7/18
この日に癌であると告知されると思っていました。
しかし、実際は7/4の時点で
「まず、癌と思って結構です。」と若くて美人の女医さんにかる〜く告知され、私の癌患者が確定しました。

予定より早い告知に、うろたえながら、診察室からでて、
最初に行ったことは夫へ癌と宣告されたことをメールで報告しました。
その後は、職場への連絡でした。
私の職場は少人数の職場でそのなかで休みを取り合いながら有給を消化しています。
大人数ならともかく、少人数の職場では、一人欠けるということは、休みがとれなくなることを意味します。
検診センターで、指摘された直後に、もし癌であることがわかったら、退職する。だから、すぐに次の人を捜してほしいと頼んでいました。とにかく、迷惑をかけないように。1日でも早く次の人がみつかるように。という思いで、お願いしていました。

あとは、心配してくれていた友人達に報告。
皆、ショックを受けていたようですが。色々手伝うからがんばってと声をかけてくれました。
そして、夫の親戚には、告知された次の日に夫の兄弟が集まる機会があったので、その時に報告してもらいました。

問題は私の親戚。
私の親戚には癌の患者がでたことがありません。
よって、癌の免疫が無いに等しい。
どれだけのショックを受けるか。これが一番の心配でした。
夫からは、早めに報告するように言われましたが、なかなか時期があわなくて。
やっと報告できたのは告知から一週間がたっていました。
皆びっくりしたものの思いのほか、混乱はありませんでした。
これが一番やっかいだと思っていただけに、ほっとしました。

告知が7月4日と予定より早かったこと。
一度はうろたえましたが、早かったことで後々の処理の時間ができたことは幸運でした。
(そうは言っても、あの笑顔の告知はやめてもらいたかったと思います)
7月18日に出ていたら。
その後の後始末は大変なことになったと思います。
やることは山ほどありましたので。

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